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 夕餉のお使いの帰り道、銭湯の脇を通ると風呂焚きのおじさんが積み上がった薪の上に座って下を向いていた。

 まだいたんだ。おじさんと仲の良かった僕は嬉しくなっておじさんの横に座った。

 「おお、ぼうず、夕飯の買い物か。偉いなぁ」

 おじさんの其の言葉に僕は内心得意げに「そんなことないよ」と云う。
 「其れよりおじさん、もうおじさんに会えないかと思ったよ。もしかして戻ってきたの?」

 
僕が尋ねるとおじさんは「いや、もう此処には戻って来ないんだけどな、風呂がどうなってんのか心配になって見に来たんだよ。そしたらな、しっかりと風呂沸いてやがんの」と困ったような顔つきになった。

 「がっかりした?」

 そう聞くと「そりゃあな、がっかりしたよ。俺がいなくったって風呂を沸かす奴がいるんだもんよ。でもよ、ぼうず、俺の方が薪の割り方は上手いだろ?」とおじさんはいつもの笑顔に戻って笑った。


 「うんうん、此処にある薪よりおじさんの割ったやつの方がずっと上手だよ」

 「なんだ、お世辞まで上手くなってやがる」

 久し振りに会ったおじさんとの会話はいつも以上に楽しかった。

​ 「其れにしたってよ、俺は俺が割った薪で炊いた風呂に皆が浸かってくれるのが嬉しかったんだよ。なのによ、なんだ、其の薪を風呂に使わねぇで、葬式で俺を焼く為に全部使っちまったていうじゃねぇか。冗談じゃねぇよ。ったく。それじゃあ自分で墓穴を掘ったみてぇじゃねぇか。なぁ、ぼうず」


優陽射さるる湯番乃薪

 「ぼけつ?」

 「あはは、あぁ、まぁいいや」

 「でも、おばさんはね、おじさんが自分で割った薪で焼かれるなんて、最後まで自分の面倒は自分で見てくれた優しい人だったって皆に言ってたよ」

 

「あぁ、それは俺も聞いてた。けどよ、其れはな、建前ってやつだろ」

 「たてまえ?」

 「えぇと、なんてぇんだ、まぁ、嘘ってやつだな。俺はな、あいつに苦労ばっかりかけてな。恨まれてても文句も言えねぇよ。あいつは俺が死んでせいせいしたに決まってらぁ」
 
 「でもおじさん、僕はおばさんが言ってたこと、嘘じゃないと思うな」
 
 「なぁんだよ、ぼうず、お世辞ばっかり上手くなったってしょうがねぇぞ」

 

 「違うよ、お世辞じゃないよ。だって僕、見たんだよ。おじさんが焼かれた後、お骨を入れる壺を包む風呂敷とは別にね、おばさん、もう一枚風呂敷持ってて、其の風呂敷にね、おじさんが割った薪を一つ包んで泣いてたんだ。薪は全部使わなかったんだよ。おばさん、おじさんのこと大好きだったから、最後の一つを燃やさないで大切に持って帰ったんだよ」
 

 その話をするとおじさんは少し黙ってから「ぼうず、ありがとな」と嬉しそうな顔で言った。
 

 「あ、おじさん、僕お使いの帰りだった。もう帰らないと怒られちゃう」

 「おお、そうだな、ぼうずの母ちゃん怖いからな。あはは」

 「そうそう、うちの母さん怖いからねぇ。あははは」

 おじさんとの楽しいひととき。僕が大人になる迄ずっと続くと思ってた此の時間。

 「ねぇ、おじさん、また会えるかな?」
 

 「あぁ、分からねぇけどまたいつか会えるだろ。そうだな、多分、盆なんかに会えるんじゃねぇかな」
 

 「そっか、僕が夏休みの時だね。きっと会いに来てよ」 

 「あぁ、行けたらな。そんなことよりよ、元気で居ろよ、ぼうず」 

「うん、おじさんも元気でね」

 「俺は、元気でったってよぉ。ったく。まぁいいや、ありがとな。おっと、ほら、早く帰りな。怒られちまうぞ」

 「うん、おじさん、またね」

 「おう、じゃあな。気をつけて帰れよ」

 僕はおじさんに手を振って別れた。

 角を曲がる前にもう一度おじさんに手を振ろうと銭湯を振り返ると、西日が眩しくておじさんは見えなかった。

 意地っ張りで優しいおじさん。
 きっとおじさんは番台にいるおばさんに会いに来たのに照れ臭くて材木置き場に居たんだろうな。

 そう思うと可笑しくて、僕はニヤけた顔のまま小走りで家路についた。

             筆・北所ゆうが

           優陽射さるる湯番乃薪」完

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