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極限の恐怖が加速する──『ハイテンション』で切り拓かれたフレンチホラーの新境地

  • 執筆者の写真: Yu-ga
    Yu-ga
  • 5月23日
  • 読了時間: 4分


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🎥 『ハイテンション(原題:Haute Tension )』

監督:アレクサンドル・アジャ

脚本:アレクサンドル・アジャ、グレゴリー・ルヴァスール

撮影監督:マキシム・アレクサンドル

特殊メイク・特殊効果:ジャン=クリストフ・スペアー

出演:セシル・ドゥ・フランス、マイウェン、フィリップ・ナオン

公開年:2003年(フランス)、2005年(国際公開)

ジャンル:スラッシャー、サイコホラー、サスペンス

上映時間:91分



2003年、フランス発の一本のインディペンデント映画がホラー映画界を震撼させた。

 それがアレクサンドル・アジャ監督による『ハイテンション』である。英語圏では『High Tension』『Switchblade Romance』のタイトルでも知られ、スプラッターの暴力性と心理スリラーの緻密さを融合したこの作品は観る者の感情と理性の両方を鋭利な刃で切り裂いてくる。この『ハイテンション』は“普通の切株映画”とは何かが異なっている。


■平穏な田舎の夜が流血の地獄へと変わる

 物語は大学生のマリーとアレックスが、アレックスの実家で数日を過ごすため田舎を訪れるところから始まる。夜が更け、家族が就寝したその時に無言の来訪者が訪れる。彼は荒い息を吐き続けるが一言も発さずアレックスの家族を次々と惨殺、そしてアレックスを拉致する。マリーは隠れて難を逃れ、アレックスを救うべく犯人を追跡する決意を固める……。


■静と暴、呼吸の間をコントロールするカメラと音響

 アジャ監督は暴力そのものではなく「暴力が来るまでの“静寂”」に最大限の恐怖を込める。特筆すべきは撮影監督マキシム・アレクサンドルの仕事ぶりで、暗闇の質感や人工的な光の使い方、そして時に観客の視野を遮るようなアングルで極度の緊張状態を生み出している。

 また、音響設計が異様に計算されている。生活音が妙に大きく聞こえることで次にくる「音」を観客が構えて待つようになる。これはジャンプスケアとは異なり“持続的な恐怖”を演出する巧妙な戦略なのであろう。


■特殊メイクのリアリズム──ゴア表現における「痛覚」の再現

◉現実に肉体が引き裂かれる“感触”

 『ハイテンション』が他のスラッシャー作品と決定的に異なるのは、そのゴア描写が“感覚”として迫ってくる点にある。ジャン=クリストフ・スペアー率いる特殊メイクチームはCGをほぼ使わず、ラテックス、人体模型、血糊、圧力ポンプを駆使し、血管・筋肉・骨の構造をリアルに再現。

 特に有名なシーンの一つである「回転ノコギリによる首の切断」は、実際の人体模型と編集の妙によって“首が落ちる音”まで想像させる圧巻の表現となっている。実際、役者とダミーの切り替えがほとんど気付かれないレベルで処理されており、観客の胃袋を直撃するショックを与えた。

 アジャ監督は「観客に“痛覚”を与えたかった」と語っており、その意図は完璧に成功。


■精神的な分裂とアイデンティティのゆらぎ

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 『ハイテンション』はただのスプラッターに見せかけて、実はアイデンティティ、性的抑圧、内なる暴力性という深いテーマを内包している。ラストに明かされるどんでん返し (詳細は伏せます) によって物語の構造そのものがひっくり返り、観客に再度「観直すこと」を要求してくるのだ。

 このどんでん返しには賛否両論があり、物語としての整合性を批判する声もあるが、逆に「観客自身の認知を狂わせる」という点では極めてメタフィクショナルで挑戦的な作劇である。


■社会的・文化的背景──「フレンチ・エクストリミティ」の震源地

 2000年代初頭、フランスから過激なホラー映画が次々と登場し「フレンチ・エクストリミティ(New French Extremity)」と呼ばれる潮流が形成された。『ハイテンション』はその中でも最も早期かつ影響力のある作品の一つであり、その後の『マーターズ』『屋敷女』『フロンティア』などの作品にも直接的影響を与えている。

 アジャ監督はその後ハリウッドに招かれ『ヒルズ・ハブ・アイズ』などのリメイクでも高い評価を受けることとなる。


 『ハイテンション』はスラッシャー映画としてのスリル、心理スリラーとしての構成美、視覚芸術としてのゴア表現を融合させた極めて完成度の高い作品である。鑑賞後には「これを観て本当によかったのか?」とさえ思わせる倫理と美意識を試すような作品だ。『ハイテンション』は大きくは“ホラー”映画なのであるが、それだけに収まらない重たいものが潜んでいるのだと僕は薄ら寒く感じている。


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